久保 達彦(くぼ たつひこ)先生
産業医科大学 医学部 公衆衛生学 講師
東京都出身。産業医科大学を卒業。同大学卒業後は産業医として勤務し、2006年同大学博士課程を終了。医学博士。2009年より現職。また、昨年末に起こったフィリピン台風の国際緊急援助隊の医療チームのメンバーとして参加した。
生活環境を考えれば、本当の健康が見えてくる。
働くことと健康を考えてみよう。
「あなたは健康のために何をしている?」と聞かれたら、「食べ物に気をつけています」「毎日運動しています」という答えが返ってくるかもしれない。しかし、私たちがイメージする「健康」とはそもそもどんなものだろうか? WHO(世界保健機関)は「健康」を、「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義している。ここでいう「社会的に満たされる」とは? 今回は、健康への考え方につ いて、産業医科大学の久保先生に話を伺った。
夜勤は乳がんの危険性を増加させる!?
先生によると、「朝、太陽と共に起きて、夜は寝る」、これは自転する地球で生きてきた人に、遺伝子レベルで生来備わっている生体リズム。だが、病院などの夜勤に限らず、残業などで夜間も煌々とした照明下で働くことの多い現代。生体リズムに逆らうような生活を続けるとどうなるのか。
先生は衝撃的な研究を教えてくれた。「2001年アメリカで発表された8万人の看護師を10年間追跡調査した研究では、30年以上夜勤している人は、そうでない人に比べて1.4倍、乳がんになりやすいという結果が出たのです」。
また、生活習慣と健康の関係性が言われ始めたのも実は最近のこと。「大昔では、たたりや悪い空気や水、感染症などの外的要因によって健康でなくなるとされていましたが、1973年に研究が発表され、初めて生活習慣が健康に影響をおよぼすということが言われ始めました」。生活習慣と健康は切っても切れないものだと思っている私たちにとって、この2つの関係性が言われ始めて約40年しか経っていないというのは驚きだ。
夜勤はなくせないけど、できることはある
「〝健康〞というと、病気でない状態を考えがちですが、WHOの定める 〝健康〞 にもあるように、社会的視点で働く人の健康を考える必要があります」。例えば、日本看護協会では、がん検診の促進や産業医からの適切なケア体制、夜勤体制や環境の見直しなどのガイドラインが定められている。「便利なサービスを受けることが当たり前の現代では、夜勤や不規則な勤務は、誰かが担わなければならない働き方です」と先生はつけ加えた。
また、日本では雇用主側が責任を問われる一方、海外では働く本人の意志を尊重する傾向がある。例えば、乳がんで労災認定を受けたデンマークのある女性は、今もまだ夜勤を続けている。本人曰く、家のローンの支払いなどがあり、働かざるを得ないのだ。確かに、夜勤をすることは、給料が上がるなどのメリットもある。「〝身体の健康〞 だけを考えるとうまくいきません。働いている環境や生活の状態など 〝環境〞 についても一緒に考えるべきです」と先生は言う。
今回のゼミでは、生活習慣と健康へのリスクの研究結果はもちろん、東日本大震災や昨年末のフィリピン台風で産業医として現地に赴いた先生から、非常事態での健康の考え方も含めて話を伺う。これをきっかけに、私たち自身の「本当の健康」について一緒に考えてみよう。