インタビュー

須賀 大介さん/震災を機に福岡へ。移住者と人・企業をつなぎ福岡の可能性を広げたい。

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須賀 大介さんへ3つの質問

Q.座右の銘は?
A.「戦国時代の武将・斎藤道三がデザインした家紋「二頭波(にとうなみ)」。寄せては返す波のように、ビジネスでは押し引きを大切にしたいと思っています。

Q.福岡の人の印象は?
A.明るくパワフルでイキイキ。自然体で自分をうまく表現している。東京の人付き合いはビジネスライクだったけど、福岡では私も自然体でいられます。

Q.この仕事のやりがいは?
A.まちや人のエネルギーを感じながら、福岡の人たちと一緒に何か生み出していくことが面白くてたまらない。

震災を機に福岡へ。移住者と人・企業をつなぎ福岡の可能性を広げたい。

最近、よく耳にするようになった ”移住“。福岡移住の旗振り役として活躍しているのが、自らも2012年に福岡へ移住してきた須賀大介さんだ。

多様な人が集うビルに魅せられて

茨城県水戸市で、魚屋と居酒屋を営む両親のもとに生まれた。小さな頃から店を手伝いさまざまな人に接し、商売の面白さを知って、「自分もいつか商売したい」と思うようになった。

東京の大学で税務・会計を学ぶ中、今の原点ともいえる出会いがあった。雑誌で目にしたロンドンのトマトビル。1棟のビルでデザイナーやミュージシャン、弁護士など多様な人が働き、有機的にプロジェクトを組んでいた。折しも日本では大手企業が破たんし、会社の在り方や働き方に関する従来の価値観が揺らいでいた時期。「こんな働き方はいいな」と強く印象に残ったという。

IT業界に時流を感じ、システム系のベンチャー企業に就職。SEとして技術を身につけ、デザイン会社へ転身。トータル4年でテクノロジーとデザインを学んだ。そうして26歳でウェブ制作の会社を立ち上げた。まわりからはまだ早いと反対されたものの、必死に働き10年で35人を抱えるまで成長。結婚して子どもが生まれてからは、食と子育てへの関心も深め、農業と子育ての支援事業も手がけた。

そんな須賀さんの転機となったのは、2011年の東日本大震災。「東京で仕事に追われる毎日に違和感があり、それが震災で表面化。家族を中心にした暮らしをしたくて移住を思い立ちました」。移住先を探すため、家族で各地を旅する中で福岡へ。街でたまたま糸島の催事を見て、出店者が「最高」と絶賛する糸島を実際に訪れて移住を決意。社員とも話し合いを重ね、会社は東京と福岡の2拠点とすることを決めた。

苦悩の先に見えた、自分だからできること

36歳で糸島へ。「福岡のマーケットを拓く」と社員に約束したものの、現実は甘くなかった。「東京なら、実績を持って代理店を回れば仕事を取れた。でも福岡で同じやり方は全く響かなくて」。会社の売上はガタ落ち、東京にいる社員の士気が下がり、須賀さんも空回り。プライベートでも古い一軒家は冬が厳しく、妻は2人目妊娠でつわりがひどく…。「眠れない日が半年くらい続きました」。

ハタと目が覚めたのは移住から2年目。「Iターンで苦労した経験をもとに、外と地元をつなぐことで地域を盛り上げよう」。それが『福岡移住計画』の始まりだった。移住経験者とサポーターが活動する団体として、居職住の支援を展開。シェアオフィスを福岡など全国5拠点に設け、今後も各地に広げる予定だ。また福岡らしい仕事を紹介する「とびうめ」や不動産事業も始めた。

「最初の2年は福岡から仕事をもらおうと受け身だった。でも、それじゃダメだと気付いたんです。よそ者だからこそわかる地域のよさを見出し、空き家などまちの余白を活用して、福岡のプレイヤーとまちを作っていきたい。自分たちの事業でしっかり利益を出し、人を雇用することでも福岡に貢献したい」と情熱的に語る。リアルな空間を生み出し、そこに多様な人が行き交う。「20年前に憧れたトマトビルに少しは近づいているかな」。楽しそうに少年のような笑顔を見せた。

『福岡移住計画』 コアメンバー『株式会社スマートデザインアソシエーション』 代表
須賀 大介さん

茨城県水戸市出身。2002年にシステムとデザインで企業を支援する『株式会社スマートデザインアソシエーション』を設立。東日本大震災がきっかけで、2012年糸島市に家族で移住。東京・福岡オフィスの2拠点に。2014年『福岡移住計画』を立ち上げ、福岡への移住サポート、生活や住まい、仕事などの情報を発信している。福岡では糸島・今宿・天神にシェアオフィスを展開。

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