仕事、恋愛、結婚、これからの暮らし。
シングル女子の前に現れる人生の曲がり角。
この角を曲がった先にはどんな未来が待っている?
episode 2
みんな、そこまで考えてるの!?
日曜日の昼下がり。沙織と優衣と西鉄の平尾駅で待ち合わせ、私たちはスマホの地図アプリを見ながら真央の新居へ向かった。結婚前に購入したという真央の新居は、駅から歩いて5分ほどの新築マンションの11階だった。
真央とご主人が出迎えてくれた新居にはすでに何組かのゲストが集まっていて、私たちのあとに家族連れが2組到着したところで宴が始まった。
「では改めて、結婚おめでとう!」
「新居購入おめでとう!」
「カンパーイ!」
ダイニングテーブルに並んだカラフルなピンチョスや生ハムがみんなの胃袋にどんどん収まり、真央手製のサラダやローストチキン、フリットなどが続々と運ばれ、ビールやワインが次々に開いていった。遅れてやってきたゲストが持参した大量の寿司に座がどよめき、良い加減に酔いが回ったころにはみんなすっかり打ち解けて、思い思いにくつろいでいた。
沙織と優衣に誘われてバルコニーへ出てみた。眼下には新緑の公園が広がり、気持ちの良い風がほてった頬を撫でる。
「いいでしょ、この景色。夫も私もひと目で気に入ってここに決めたんだ」
遅れてやってきた真央がうきうきした声で言った。
「独身時代は窓を開けると向かいのマンションの住人と目が合うような所だったからね。今は思いっきりカーテンを開けてのびのび暮らせるよ」
「しかもこんなに広—いおうち!ほんとうらやましい」
ため息まじりに沙織が言い、私は激しくうなずいた。リビング・ダイニングと一続きのキッチンは料理好きな真央にぴったりのカウンターキッチン。家事スペースのあるパントリーにウォークインクロゼット付きのベッドルーム。ご主人の趣味のギターや電子ピアノを置いているホビールームは、子どもが生まれたら空間を仕切って2部屋にできるという。賃貸暮らしの私にしてみれば、広告でしか見たことのない夢のような空間だ。
「新婚早々マイホームを買うなんてすごいなぁ」
何気なくつぶやいた私に、真央が真面目な顔で言った。
「たとえ賃貸住宅を選んだとしても、家具や家電の購入や引っ越しにかかる費用は一緒だし、敷金や礼金も結構かかるじゃない。『マイホーム資金が貯まるまで』『子どもができるまで』っていう人もいるけど、それまでに払う家賃や更新料は数百万円にもなるんだよ?夫といろいろ試算して、だったら最初から家を買った方が経済的だね、という結論になったわけ」
「一人暮らしを始めてから払い続けてきた家賃や更新料……恐ろしくて計算できない……」
沙織がぶるぶると首を振った。
「でも、もしご主人が転勤になったらどうするの?」
優衣が言った。そう、私もそれが気になっていた。職場にも転勤に備えて賃貸住宅で我慢している人は少なくない。そういえば派遣社員の咲子さんも自宅を新築してまもなくご主人が転勤になり、単身赴任中だと言ってたっけ。
「せっかく結婚したんだもの、もし転勤になったらついて行くよ!家は賃貸に出すつもり。その可能性も考えて物件選びをしたんだよ。駅から近くて自然豊かで眺望が良くて、家事や育児がしやすいハイスペックな家。これならすぐに借り手がつくだろうからね」
「そこまで考えてるんだ……」
将来まで見据えて「家」という大きな買い物を決断した真央がひどく大人に見えた。
「それにね、私も家を買うことになって初めて知ったんだけど、住宅ローンには保険が付いていて、夫に万一のことがあったらローン残高が清算されるんだって。“団信”っていうやつ。 男より女の方が長寿の時代、家を残してもらえれば安心して長生きできるよね〜」
私は結婚式に出席するたび耳にタコができるほど聞かされていたスピーチを思い出していた。「長い人生にある三つの坂、それは上り坂・下り坂・まさか」。その「まさか」に備える妻がいま目の前にいる……!
「じつは夫に内緒で、仕事で知り合ったマネーセミナーの講師に家計のこととか資金計画とか、いろいろ教えてもらったんだ。あの人お金に無頓着だから『やりくり上手で頼れる奥さん』って思ってくれてるみたいよ。おかげで財布のヒモが握れて助かるの」
真央は声をひそめて笑った。仲良し4人の中で一番甘えん坊だった真央は、知らないうちに万全の将来設計をしているしっかり者になっていた。その姿を見ていると、ずっと先のことだと思っていた「将来」が急に現実味を帯びてきて、私はちょっと慌てていた。
私の将来って、どうなるの?
胸の中で自分に問いかけてみた。けれど答えはなく、目の前にはぼんやりとした不安の闇があるばかり。
いつの間にか街は薄暮に包まれ、夕方の風に私は思わず身震いした。
to be continued…
全7話・毎週金曜日配信
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