仕事、恋愛、結婚、これからの暮らし。
シングル女子の前に現れる人生の曲がり角。
この角を曲がった先にはどんな未来が待っている?
episode 3
自分のための投資、してますか?
「じゃあお先に」
入念な化粧直しを終え、大坪さんがロッカールームを出て行った。大坪さんは毎週木曜はゴルフレッスンのため、必ず定時に退社する。月末や年度末の繁忙期でもお構いなしだが、社内きっての古株である大坪さんにモノ申すことのできる社員はいない。そう、いわゆるお局様だ。
「では私たちもそろそろ」「行きましょうか」
大坪さんを見送った女性社員たちは、いそいそと身支度を始めた。今夜は、今月いっぱいで退職する派遣社員の咲子さんの送別会なのだ。派遣とはいえ咲子さんの仕事ぶりは社内でも評判で、正社員への登用を打診されたそうだが、咲子さんは契約満了での退職を選んだという。「単身赴任のご主人のもとへ引っ越すのではないか」という噂もあったが定かではない。ともあれ彼女の退職を惜しむ女性社員を中心に、送別会の話が持ち上がったのだった。
予約した居酒屋に参加者が集まり、咲子さんの短い挨拶と乾杯で宴が始まった。
「一応、大坪さんにも声をかけたんですけど『木曜日だから』って断られちゃいました」
隣に座った後輩が申し訳なさそうに言うので、私は慰めるつもりで答えた。
「大丈夫、大坪さんのゴルフ熱は想定内だから気にしなくていいよ」
すると幹事役の子がぽろりと白状した。
「送別会の日程、あえて木曜日にしたんです。咲子さん、ずっと大坪さんに嫌がらせされてたんですよ。だからせめて最後くらいは咲子さんに心置きなく楽しんでもらいたかったんです」
聞けば大坪さん、メール共有リストから咲子さんのアドレスを外したり、お子さんの保育園のお迎え時間ギリギリに書類を回してきたりといった小さな嫌がらせを繰り返していたという。それを機に大坪さんの噂話が一気に噴出した。若手社員への意地悪エピソードから、ブランドバッグやエステ、海外旅行、ペットの犬に至る自慢話まで。お局様がらみの話で盛り上がる“女子会あるある”だ。
「それにしても大坪さん、贅沢三昧ですね。アラフォー独身で実家暮らしだから、自分のために投資できるのかな」
入社2年目の後輩がぼそりとつぶやくと、それまで黙ってにこにこしていた咲子さんが口を開いた。
「いいえ、資産として残らない“浪費”は“投資”とは言えません。それを知らない大坪さんは少々可哀想な気もしますね」
みんなの目が集まり、彼女はハッとしたように口元を手で押さえた。
「すみません、つい……実はこの間ファイナンシャルプランナーの資格を取ったもので、お金の話に敏感になっちゃって」
ファイナンシャルプランナー? 思わぬ展開を補うように、咲子さんは言葉を継いだ。
「うち、マンションを買ったばかりで夫が単身赴任になったでしょう? マンションのローンや教育費に2世帯分の生活費がのしかかって、やりくりに悩んでマネーセミナーに参加したんです。いっそ家を売ろうかとも思っていたんですが、講師の方に『家は一生の資産になるから』と家計の見直しをアドバイスしてもらいました。それからお金の勉強が面白くなってきて、自己投資のつもりでファイナンシャルプランナーの資格を取ったんです。おかげで来月から不動産会社に就職が決まりました」
予想外のカミングアウトに一同びっくり。真央といい咲子さんといい、この強さと賢さに同じ女性ながら感服だ。それに比べて、お金もキャリアも大したビジョンを持たずに生きて来てしまった私って……。
そんな気持ちを見透かしたように、咲子さんがみんなを見渡して言った。
「結婚してもしなくても、生きている限りお金は必要ですよね。資産計画は早いに越したことはありません。ピンチを味わった私が言うんだから間違いないです!」
それからは送別会というより、家計とキャリアの相談会みたいだった。みんな自分の将来が気になっている。互いにそれを知ったことで、職場の同僚を超えた働く女性同士の連帯感が生まれたようだった。
よーし、私も本気で自分のお金のことを考えてみよう。なんだか前向きな気持ちが湧き上がってくるのを感じながら、私は家路に着いた。シャワーを浴びてソファに寝そべり、ポストに入っていたフリーマガジンをぱらぱらとめくっていると、インフォメーションページに目が留まった。
まるで目の前にいきなり曲がり角が出現したみたいだった。このまま今までと同じ道を歩き続けるか?角を曲がって新しい道を歩いてみるか?
ほろ酔い気分が吹っ飛んで、私はセミナーの案内記事をじっと見つめていた。
to be continued…
全7話・毎週金曜日配信
WEB小説「角を曲がれば」あらすじと登場人物はコチラ